5.2 ワークフローと導入計画¶
このページで学ぶこと
- AI活用の線引きを最初に決める方法
- 30分・60分・1週間の時間別ワークフロー
- セクション別ワークフロー
- 段階的なAI導入のステップ(Phase 1〜4)
- 英語力レベルに応じた導入戦略
- 投稿までの全体スケジュール
- 導入効果の測定方法
AI活用の線引き(最初の5分)¶
最初に「AIにやらせること」と「自分がやること」を一度だけ線引きします。以降は迷いが減ります。
私は英語論文を書いています。
AIは、(1) 構成の整理、(2) 言い換え候補、(3) 文法や語法の説明、(4) 論理のチェック、(5) チェックリスト化 に限って使います。
本文の内容追加、事実や引用の生成、出典の捏造につながる提案はしないでください。
このルールを前提に、以降の支援をしてください。
Custom InstructionsやProjectsに登録する
上記のルール宣言は、ChatGPTのCustom InstructionsやClaudeのProjectsに登録しておけば、毎回入力する必要がなくなります。これだけで「つい全部任せてしまう」事故を防げます。
時間別ワークフロー例¶
30分ワークフロー(忙しい日に最低限進める)¶
最初の10分は自力で書きます。箇条書きでも日本語でも構いません。ここで「内容の所有権」を自分側に固定します。
次の10分はAIに診断だけをさせます。
以下は私の下書きです。内容は追加しないでください。
(1) 論理の飛躍、(2) 曖昧な指示語、(3) 主語と述語の対応、(4) 句読点と接続表現 の観点で、問題点を最大5つだけ指摘してください。
各指摘について、どう直すかを「短い方針」で示してください。全文の書き直しは不要です。
[ここに下書き]
残り10分は自分で直します。AIの提案から採用するのは2つ程度に絞ると、学習効果が落ちません。
60分ワークフロー(ドラフトを前に進める)¶
最初の15分は、IMRaDのどこを進めるかだけ決め、そのセクションの「核」を一文にします。
次のセクションの核となる主張を、英語で1文にしたいです。
私は日本語で核を書きます。意味を変えずに、CEFR B2程度の明確な英語にしてください。
必ず、主語が短く、動詞が早めに出る形にしてください。
新しい内容は追加しないでください。
[ここに日本語1文]
次の20分は、その核を中心に段落を伸ばします。AIには「候補を並べさせて自分が選ぶ」形が安全です。
最後の25分は品質の工程に回します。時制と因果関係の表現を固定すると、査読で誤読されることが減ります。
1週間ワークフロー(英語力も伸ばす意識で)¶
| 曜日 | テーマ | 目安時間 | やること | AIの役割 |
|---|---|---|---|---|
| 月 | 自力で書く | 60分 | 200語以上を自力で書く | 使わない |
| 火 | 診断 | 30分 | AIの指摘を確認し、自分で修正 | 弱点の特定のみ |
| 水 | 一文改善 | 30分 | 核となる5文を選んで洗練 | 候補3つの提示 |
| 木 | フレーズ化 | 30分 | マイフレーズ集に3つ登録 | 言い換え案の提示 |
| 金 | 整合性 | 45分 | 要旨と本文の矛盾チェック | 要約と矛盾点の指摘 |
| 土日 | 音読 | 20分 | 音読して不自然な文を修正 | 1文単位の修正 |
How to Write a Lot
Paul J. Silvia(心理学者)は How to Write a Lot: A Practical Guide to Productive Academic Writing を、2007年に刊行し、その後に改訂第2版(2019年)を出しています。彼の主張はシンプルで、「たくさん書ける人は才能があるからではなく、書く時間を予定に入れて必ず守っているから」という点にあります。そのため、「ひらめくまで待つ」「まとまった時間ができるまで待つ」「締切前に一気に書く(binge writing)」といったやり方は不安や先延ばしを招きやすいとして、短時間でもよいので定期的に書く習慣を作り、予定した執筆時間を「誰からも中断されない時間」として確保することを勧めています。
セクション別ワークフロー¶
セクションごとにAIの活用バランスが異なります。
Introduction¶
① 先行研究を自分で読み、ノートにまとめる(AIに任せない)
② ギャップと目的を日本語で明確にする
③ 漏斗型構造のアウトラインを作る
④ AIに構成の診断を依頼(内容追加は禁止)
⑤ 段落ごとに英語化(核の1文 → 候補選択 → 段落拡張)
⑥ テンスと引用形式のチェック
ポイント: 文献の選定と解釈は100%自分の判断。AIは構成と表現の支援に限定。
Methods¶
① 実験・調査の手順を箇条書きにする(日本語OK)
② 再現性に必要な情報(参加者、ツール、手順、分析)を確認
③ セクションごとにAIで英語化(過去形・受動態の確認)
④ 再現性チェック:「この記述だけで追試できるか」をAIに評価させる
⑤ 数値・バージョン情報の照合(自分で行う)
ポイント: 正確さが最優先。AIの英語化は有用だが、数値や事実をAIに補わせない。
Results¶
① 分析を実行し、結果を確認する(コード・データと照合)
② 統計報告をAPA形式でまとめる
③ 図表を作成し、本文での言及を確認する
④ AIに「客観性チェック」を依頼(解釈の混入がないか)
⑤ RQごとに結果の漏れがないか確認
ポイント: 数値は絶対にAIに生成させない。報告形式のチェックにのみ使う。
Discussion¶
① 主要な結果を1文ずつ要約する
② 先行研究との一致/不一致を自分で整理する
③ AIに構造の診断を依頼(要約→解釈→比較→含意→限界の順か)
④ 代替的な説明(alternative explanations)の有無をチェック
⑤ ヘッジ表現の過不足を確認
⑥ Limitationsと今後の研究への示唆を記述
ポイント: 考察の内容は著者の最も重要な貢献。AIには構造と表現のチェックのみ。
Abstract(最後に書く)¶
AI導入のステップ¶
Phase 1: チェック・校正(低リスク)¶
最もリスクが低く、すぐに始められる段階です。文法チェック、スペル修正、スタイル統一の確認。既に書いた自分の文章をAIに「診てもらう」だけなので、倫理的なリスクはほぼありません。
Phase 2: 表現の改善(中リスク)¶
自分の文章を基に、表現を洗練させる段階です。言い換え候補の提示、文体の改善、接続表現の提案。「内容は自分、表現はAI支援」の線引きを意識します。
Phase 3: 構造・論理の支援(中〜高リスク)¶
文章の構成や論理展開について、AIにフィードバックを求める段階です。アウトラインの整理、論理の飛躍チェック、段落構成の提案。AIの提案を鵜呑みにせず、「自分の研究の文脈で妥当か」を判断する力が求められます。
Phase 4: ドラフト支援(高リスク)¶
日本語の骨格からの英語化など、ドラフト生成にAIを関与させる段階です。
Phase 4 の注意点
この段階では、AI利用の申告が必須です。また、生成された文はそのまま使わず、必ず自分の判断で修正・選択するプロセスを入れてください(→ 4.3 AI利用の申告)。
段階的な導入スケジュール¶
- 最初の1〜2週間: Phase 1 のみ。Grammarlyなどのツールの延長として使う
- 次の2〜4週間: Phase 2 を追加。言い換え候補から選ぶ練習をする
- 1〜2ヶ月後: Phase 3 を追加。論理チェックを取り入れる
- 慣れてきたら: Phase 4 を慎重に追加。申告とログの習慣を定着させる
英語力レベル別の導入戦略¶
TOEIC 350〜500(初級〜中級前半)¶
| 推奨Phase | AI活用の重点 | 学習のポイント |
|---|---|---|
| Phase 1〜2 | 文法チェック、言い換え候補の提示 | AIの修正理由を必ず読み、パターンを蓄積する |
注意: AIの出力が自分の理解を超えている場合、そのまま採用しない。まずは短い文(1〜2文)の改善から始め、段落全体の改善は後から。
プロンプト例:自分のレベルに合わせた出力
TOEIC 500〜650(中級)¶
| 推奨Phase | AI活用の重点 | 学習のポイント |
|---|---|---|
| Phase 1〜3 | 表現の洗練、論理構造のチェック | 候補から選ぶ力を鍛え、マイフレーズ集を育てる |
注意: 3候補から「選ぶ」練習を重点的に行う。セクション別の文体慣習を意識的に学ぶ。
TOEIC 650〜700+(中上級)¶
| 推奨Phase | AI活用の重点 | 学習のポイント |
|---|---|---|
| Phase 1〜4 | 全フェーズを活用しつつ、自分の声を保つ | AI出力と自分の表現を比較し、固有性を維持する |
注意: AIに頼りすぎると自分の文体が失われるリスクが高まる。「AIなしで書いた場合」と「AI支援で書いた場合」を定期的に比較する。
投稿までの全体スケジュール¶
初めての英語論文投稿の場合の8週間スケジュール(目安)です。
| 週 | タスク | AIの役割 | 対応セクション |
|---|---|---|---|
| Week 1 | テーマ決定、先行研究の読み込み、RQの確定 | 検索方向の提案のみ | 2.1, 2.2 |
| Week 2 | アウトライン作成、Methods執筆 | 構成チェック、英語化支援 | 2.1, 3.3 |
| Week 3 | Results執筆、図表作成 | 統計報告形式のチェック | 3.4 |
| Week 4 | Introduction執筆 | 構成診断、表現候補の提示 | 3.2 |
| Week 5 | Discussion執筆 | 論理チェック、ヘッジの確認 | 3.4 |
| Week 6 | Abstract・タイトル作成、全体の推敲 | 一貫性チェック、冗長表現の削除 | 3.1, 3.5 |
| Week 7 | 文法チェック、参考文献整備、AI利用申告 | 文法チェック、書式確認 | 4.1, 4.2 |
| Week 8 | 最終チェック、カバーレター作成、投稿 | スタイルガイド準拠チェック | 4.3 |
執筆順序の推奨
この順序で書くと、データに基づいた議論が自然に展開できます。導入効果の測定¶
AI導入の効果を客観的に測定することで、導入計画の見直しに役立てられます。
| 指標 | 測定方法 | 目標 |
|---|---|---|
| 執筆時間 | セクションごとの執筆時間を記録 | 20〜30%の短縮 |
| AIへの依存度 | AI利用なしで書ける割合を推定 | 依存度が上がっていないこと |
| 修正回数 | AIの提案を修正した回数/採用した回数 | 修正が増えている=判断力向上 |
| 査読結果 | 英語に関する指摘の数 | 指摘が減少傾向にあること |
| マイフレーズ集 | 蓄積したフレーズの数と再利用率 | 増加し、実際に使っていること |
「成長実感テスト」¶
定期的に、AIの支援なしで1段落を書いてみると、自分の成長を実感できます。
- AIを使わずに1段落(150〜200語)を書く
- その段落をAIにチェックさせる
- 指摘された問題の数と種類を記録する
- 3ヶ月前の同じテストの結果と比較する
指摘の数が減っていれば、英語力の成長が確認できます。
よくある落とし穴と回避策¶
| 工程 | 落とし穴 | 回避策 |
|---|---|---|
| 準備 | ルール宣言をせずに始める | Custom InstructionsやProjectsに事前登録 |
| 自力執筆 | 最初からAIに書かせる | 必ず自分で下書きしてから診断させる |
| AI診断 | 指摘をすべて採用する | 最大2〜3つに絞り、採用理由をメモする |
| 候補選択 | 一番「きれいな」文を選ぶ | 正確性で選ぶ(きれいさは二の次) |
| 表現洗練 | AI出力をそのまま貼る | 必ず一部を自分らしい表現に差し替える |
| 最終チェック | 文法チェックだけで終わる | 引用の実在確認、数値の照合、スタイル統一も必ず行う |
| 投稿 | AI利用の申告を忘れる | 投稿チェックリストに必ず含める |