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2.3 学術英語の文体・時制・論理展開

このページで学ぶこと

  • AI を活用した英語論文執筆のワークフロー(人間とAIの役割分担)
  • 学術英語の主要な文体ルール(主語と動詞、ヘッジ、能動態と受動態、名詞化、冗長表現)
  • セクション別の時制と、引用(reporting verbs)での時制選択
  • 論理のつながりを明示する方法(接続表現、Given-New、パラグラフ構造)
  • 翻訳前提で日本語を書くための「前編集(pre-editing)」のポイント

プロンプト設計と実践テンプレートについて

本ページで解説するルールを活用したAIプロンプトの設計原則、用途別テンプレート集、段階的な洗練ワークフローについては 3.1 プロンプト設計と英文洗練の実践 で詳しく扱っています。

AI を活用した英語論文執筆のワークフロー

柳瀬(2023)が提案している、AI を活用して英語論文を執筆する際の基本ワークフローは、次の4段階です。

  1. 構想と日本語原稿の執筆 — ストーリー(アイデアの選択と提示順序)を戦略的に設計する
  2. AI による英語翻訳 — 機械翻訳(DeepL 等)で英訳する
  3. AI による文体改善 — ChatGPT 等で文体を改善する
  4. 著者による最終校閲 — AI の出力を批判的に精読し、最終稿を確定する

Reference: 柳瀬陽介 (2023).「AI を活用して英語論文を作成する:日本語話者にとっての課題とその対策」『情報の科学と技術』73(6), 219–224. https://doi.org/10.18919/jkg.73.6_219

柳瀬(2023)が一貫して強調しているのは、人間が AI の不得手な領域で最善を尽くすことで、最終成果物の質を上げるという原則です。現時点の AI は、スペリング・語法・文体といった言語的側面については比較的信頼できますが、特定分野の研究内容の理解においては限界があります。AI は特定分野の研究アシスタントではなく、一般的な言語アシスタントとして活用すべきです(柳瀬, 2023)。

AI に文章を「生成」させることの問題

ChatGPT 等の AI は文章そのものを生成することもできますが、その文章は「多くの者が言いそうな文章」に過ぎず、独自性を競う論文の文章としては不適格です(柳瀬, 2023)。そもそもそのような執筆態度は倫理的にも問題があります(→ 1.2 学術的誠実性と剽窃防止)。本ページでは、論文著者自身が書いた原稿を AI で翻訳・改訂する方法のみを扱います。

学術英語の文体ルール

学術英語には、日常英語とは異なる文体上の慣習があります。以下は特に日本語話者が意識すべきポイントです。

主語を短くし、動詞を早めに出す

日本語は主語が長くなりがちですが、英語の学術文では主語をコンパクトにし、動詞を早めに出すのが好まれます。

避けたい文体 好ましい文体
The results of the analysis of the data collected from the participants in the experiment showed... The analysis results showed...
What we found in our study was... Our findings indicated...

ヘッジとブースター

学術英語では、断定を避ける表現(ヘッジ)と、確信を強調する表現(ブースター)を適切に使い分けることが重要です。ヘッジは主張を慎重に提示するために、ブースターはデータで十分に裏付けられた主張に用います。

表現の強さ ヘッジ(弱い主張) ブースター(強い主張)
助動詞 may, might, could must, will
動詞 suggest, indicate, appear to demonstrate, confirm, establish
副詞 possibly, perhaps, arguably clearly, certainly, undoubtedly
形容詞 possible, probable, likely clear, obvious, definitive

ブースターの使いすぎに注意

clearly, obviously, undoubtedly といった表現を根拠なく使うと、査読者に「本当にそこまで確定的か?」と疑問を持たれます。ブースターはデータで十分に裏付けられた主張にのみ使いましょう。

ヘッジングの詳細

ヘッジングの役割や典型的な表現パターンについては、2.2 コーパスを用いた定型表現の確認 で詳しく解説しています。

受動態・能動態と一人称の使い分け

学術英語では、受動態と能動態をセクションや目的に応じて使い分けます。また、一人称(we / I)の使用は分野やジャーナルによって異なります。

セクション別の態の傾向:

セクション 傾向
Methods 受動態が多い Participants were recruited...
Results 能動態・受動態の両方 The analysis revealed... / A significant difference was found...
Discussion 能動態が多い We argue that... / These findings suggest...

使い分けの原則:

  • 判断・決定を明示したいとき → 能動態(We selected... / We adopted...
  • 手順を一般的に記述するとき → 受動態(The data were collected...
  • 著者の主張を述べるとき → 能動態(We argue that... / We propose...

一人称の使用傾向(分野別):

分野 傾向
自然科学・工学 受動態が依然として主流。we も増加傾向
社会科学・応用言語学 we(共著の場合)の使用が一般的
人文系 I の使用も広く許容

投稿先の慣習を確認する

投稿先ジャーナルの最新号を2〜3本読み、一人称がどの程度使われているかを確認してください。AIに「この論文で一人称が使われている箇所を抽出して」と頼むと効率的です。

名詞化(Nominalization)の活用

学術英語では、動詞や形容詞を名詞に変換する「名詞化」が頻繁に使われます。情報を圧縮し、文を簡潔にする効果があります。

動詞/形容詞 名詞化 用例
analyze analysis The analysis of the data revealed...
differ difference A significant difference was found...
apply application The application of this method...
complex complexity The complexity of the task...
improve improvement A notable improvement was observed...

名詞化の効果:

  • 前の文の内容を名詞で受けて、文と文をつなげる
  • The participants completed the task. → This completion took approximately 30 minutes.
  • 文を短くし、情報密度を上げる

名詞化の過剰使用に注意

名詞化を多用すると、文が抽象的になりすぎて読みにくくなります。特に、"The implementation of the improvement of the system..." のような名詞の連鎖は避けてください。

日本語話者が陥りやすい冗長表現

日本語の発想をそのまま英語にすると冗長になりがちです。以下は頻出する冗長パターンとその改善例です。ただし、分野によって慣例が異なる点には注意が必要です。

冗長な表現 簡潔な表現 備考
in order to to ほとんどの場合 to で十分
due to the fact that because 原因を示す場合
it is important to note that (削除して直接述べる) 無意味な前置き
a large number of many / numerous 数の表現
at the present time currently / now 時間の表現
in the case of for / in 条件の表現
has the ability to can 能力の表現
it should be noted that (削除して直接述べる) 不要な前置き
the reason is because the reason is that / because 二重表現
as a matter of fact in fact / (削除) 過剰な強調

セクション別の時制ルール

英語論文では、セクションごとに使う時制に慣習があります。これを間違えると、読者に混乱を与えます。

セクション 主な時制 理由
Introduction(背景) 現在形 一般的な事実・既知の知見 Research shows that...
Introduction(先行研究) 過去形 特定の研究が行ったこと Smith (2020) found that...
Methods 過去形 実施済みの手順 Participants were recruited...
Results 過去形 得られた結果の報告 The analysis revealed...
Discussion(解釈) 現在形 結果の意味づけ These findings suggest...
Discussion(限界) 過去形/現在形 本研究の制約 The sample size was limited...

よくある間違い

Resultsで現在形を使う(The results show...)日本語話者は多いですが、自分の研究の結果を述べる場合は過去形(The results showed...)が標準的です。ただし、表や図に言及する場合は現在形も許容されます(Table 1 shows...)。

Reporting Verbs と時制の選択

先行研究を引用する際、reporting verb の時制によって意味合いが変わります。Reporting verbs の種類(中立的報告・積極的主張・示唆等)については、2.2 コーパスを用いた定型表現の確認 を参照してください。

時制 意味合い
過去形 その研究が行った特定の行為 Smith (2020) found that...
現在完了形 現在まで続く研究の流れ Several studies have shown that...
現在形 分野で広く受け入れられた知見 Research shows that...

使い分けの判断基準:

  • 特定の著者・年号を引用する → 過去形Tanaka (2023) reported...
  • 複数の研究をまとめて引用する → 現在完了形Studies have indicated...
  • 確立された知見を述べる → 現在形It is well established that...

時制の「切り替えポイント」

論文内では時制が何度も切り替わりますが、その切り替えには規則性があります。

Introduction の典型パターン:

[現在形] Research on X is essential for understanding Y.
[現在完了形] Several studies have examined the relationship between A and B.
[過去形] Smith (2020) found that A was correlated with B.
[現在形] However, the role of C remains unclear.
[過去形/現在形] The present study aimed to / aims to address this gap.

Discussion の典型パターン:

[過去形] The results showed that A significantly affected B.
[現在形] This finding suggests that...
[過去形] Smith (2020) reported a similar pattern.
[現在形] Together, these results indicate that...

時制の切り替えは意図的に行う

時制が変わるたびに、「なぜここで切り替えるのか」を意識してください。切り替えの理由が説明できない場合は、誤用の可能性があります。

論理展開と読みやすさ

接続表現

学術英語では、文と文、段落と段落のつながりを接続表現で明示します。ただし、すべての文頭に置くと冗長になるため、論理の転換点(対比、因果)に絞って使います。

追加・列挙: Furthermore / In addition / Moreover 対比・譲歩: However / Nevertheless / Although ..., ... 因果関係: Therefore / Consequently / As a result / This is because ... / ... due to ... / ... , which led to ... 具体例: For example / Specifically / In particular まとめ: In summary / Overall / Taken together

接続表現のフォーマル度

同じ意味でもフォーマル度の異なる表現があります。学術英語では右側の表現が好まれます。

カジュアル フォーマル(学術向け)
But However, / Nevertheless,
So Therefore, / Consequently,
Also Furthermore, / In addition, / Moreover,
Anyway Nonetheless, / Regardless,
Plus Additionally,
On top of that Moreover,

And / But / So で文を始めない

And, But, So で文を始めることはカジュアルな英語では普通ですが、学術英語では避けるのが無難です。特に So で文を始めるのは査読者から指摘を受けやすいポイントです。

情報構造: Given-New の原則

英語の文は、「すでに読者が知っている情報(Given)」を文の前半に、「新しい情報(New)」を文の後半に置くのが自然です。この原則を守ると、文と文のつながりがスムーズになります。

良い例(Given → New の順):

The participants completed a vocabulary test. The test consisted of 50 multiple-choice items.

「the test」は前の文で既出(Given)なので文頭に置き、テストの内容(New)を後半で述べています。

悪い例(New → Given の順):

The participants completed a vocabulary test. 50 multiple-choice items constituted the test.

新情報が文頭に来ており、読者にとって唐突な印象を与えます。

Given-New を維持する3つの方法:

  1. 代名詞で受ける: The method was effective. It produced significant results.
  2. 言い換えで受ける: A survey was conducted. The questionnaire included...
  3. This + 名詞で受ける: Performance improved dramatically. This improvement can be attributed to...

This の単独使用を避ける

"This suggests..." のように this だけで前の内容を受けると、何を指しているか曖昧になります。"This finding suggests..." / "This result indicates..." のように、this + 名詞の形にすると明確になります。

パラグラフの内部構造(TSSC)

英語論文の各パラグラフは、以下の構造を持つのが基本です。

要素 役割
Topic Sentence(主題文) そのパラグラフで言いたいことを1文で述べる The results indicated a significant effect of...
Supporting Sentences(支持文) 主題文の根拠・詳細・例を述べる Specifically, the experimental group...
Summary/Synthesis(まとめ) 支持文の内容をまとめ、主題文に戻す These results suggest that...
Connection(接続) 次のパラグラフへの橋渡し However, the effect was not uniform across...

1パラグラフ=1トピック

1つのパラグラフに複数のトピックを詰め込まないでください。新しいトピックに移る場合は、新しいパラグラフを始めます。パラグラフの冒頭文(topic sentence)だけを拾い読みしたときに、論文の論旨が追えるのが理想的です。

翻訳前提で日本語を書く「前編集(pre-editing)」

日本語で原稿を書き、AI で英語に翻訳するワークフローでは、日本語の段階から英語翻訳を意識した文体で書くことが重要です。柳瀬(2023)は、この準備を「前編集(pre-editing)」と位置づけ、以下の原則を提唱しています。

原則 1: Essential Point First(最重要情報を先に)

パラグラフの冒頭に結論(主張)を述べることを徹底します。日本語話者はしばしば最重要情報をパラグラフの最後に提示しますが、英語圏の読者は冒頭で要点を把握することを期待しています。これは パラグラフの内部構造(TSSC) で述べた Topic Sentence を最初に置く原則と同じです。

原則 2: Consistent Perspective(視点の一貫性)

1 つのパラグラフ内で論述の視点を揃えます。例えば X と Y を比較して X の優位性を述べるパラグラフでは、各文が一貫して X の観点を取る方がわかりやすくなります。

視点がぶれる書き方 視点が一貫した書き方
X には長所 A がある。他方、Y には短所 B がある。さらに Y には不利要因 C がある。しかし X には D という利点がある。 X は長所 A と利点 D を有する。加えて X は、Y がもつ短所 B も不利要因 C も有しない。

原則 3: From Old Information to New Information(旧情報→新情報の順序)

読者が既に知っている情報(旧情報)を文の前方に置き、新しい情報は後方に提示します。具体的な方法と例は、前述の Given-New の原則 を参照してください。

原則 4: A Short Sentence with One Idea(1文に1つのアイデア)

1 つの文には重要なアイデアを 1 つだけ入れ、文を短く保ちます。日本語話者は多くのアイデアを含む長い文を書きがちですが、これは機械翻訳の誤訳の大きな原因になります。

短すぎる文にも注意

ただし、1 文の情報的価値が小さすぎると、読者は有意義な情報を得るために多くの短文を統合せねばならず、かえって読みにくくなります(柳瀬, 2023)。読者の心を想像しながら適切な粒度を判断してください。

原則 5: Agent+Action(行為主+行為)

英語は、文頭に行為主(agent)を主語として示し、直後にその行為主の行為(action)を動詞として示すことを好みます。日本語でも「X は Y する」「X は Z を Y する」と書くと、機械翻訳の出力が読みやすくなります。

この発想を取り入れると、受動態・It is … to/that … 構文・There is … 構文・If/When …, … 構文といった、日本語話者が書く英語に過剰に出現する構文が減少します。

無生物主語を恐れない

「X には長所 A がある」ではなく「X は長所 A を有する」のように、主題を行為主として扱い、ふさわしい述語を探しましょう。結果として日本語では珍しい「無生物主語」の文も多く生まれますが、これは英語翻訳の質を大きく向上させます。

原則 6: Ellipsis for Clarity(省略は誤読を招かない範囲で)

日本語は主語や目的語を省略する傾向がありますが、英語に翻訳するための日本語を書く際は、文の構成要素をできるだけ明示します。AI が正確に統語解析できる確率が高まり、著者が誤った主語や目的語を修正する手間が減ります。

機械翻訳の入力と出力の関係

「AI の英語翻訳は使えない」という不平の多くは、入力する日本語に起因しています。英語翻訳を前提としないまま無自覚に書き連ねた日本語は、機械翻訳で非常に読みづらい英語として出力されます(柳瀬, 2023)。入力する日本語の質が、機械翻訳の出力する英語の質に大きく影響します。

AIプロンプトの設計と実践 → 3.1 へ

本ページで解説した文体ルール・時制・論理展開の知識を活用するためのAIプロンプトの設計原則用途別テンプレート集(文体改善、校正、時制チェック、論理展開チェック、総合チェック等)、段階的な洗練ワークフローカスタム指示の保存機能については、3.1 プロンプト設計と英文洗練の実践 にまとめています。